2012年2月22日、
タイトルの意味は、アエロフロートには搭乗したことがあるが、成田からアエロフロート・ロシア航空モスクワ便に搭乗するのは初めてであったということ。日本便を利用したのはソ連時代にモスクワから成田便に搭乗したのが最後だろう。あの時は、ローマ-モスクワ、モスクワ-成田だった、機材はもちろんIL-62Mというソ連製、現在もまだCIS諸国で見かけることができるが大半はボーイングやエアバスに更新されている。
既に新生ロシアになって20年、ソ連時代のアエロフロートは連邦構成国家ごとに分割され、それぞれの航空会社として独自の運営を行なっている。ロシアのアエロフロートもソ連邦崩壊後に分割され、シベリア航空(S7)と現在のアエロフロート・ロシア航空に分割されている。このアエロフロートがソ連時代のアエロフロートの継承会社であろう。
アエロフロート・ロシア航空
http://www.aeroflot.ru/cms/ja
今回の機材はエアバス330‐300、この時期、空いているかと思ったがほぼ満席だった。成田でのフライトの案内にモスクワ・パリと表示されていたので、この機材はモスクワを経由してパリまで行くのであろう。入国審査にはこの便から降りた乗客がほとんどいなかったので、多くはパリへ行きトランジットととして降機・登場したのしたのであろう。
モスクワまでの所要は、約10時間、成田空港を離陸して、一旦、太平洋上へ出てからUターンして日本列島を横断、新潟上空から日本海へ出て北上し、札幌と同じ緯度に達する頃に針路を西に取り、シベリア沿海州からロシアに入り、緯度の高いシベリア上空を延々と西へ飛ぶフライトルートである。
ウラル山脈までは8時間かかる。つまり、ウラル山脈からモスクワまで2時間と言うわけだ。シベリア上空は、今の季節、雪に覆われている。ほとんどが森林か原野であろう。時々、大河が窓の外に現れる。とにかく雄大な景色だ。それを見ようと窓側に席を取っている。フライトの時間が昼間と言うこともあり都合が良い。
アエロフロート・ロシア航空には日本人FAは乗務していない、これは、ソ連時代から変わらず、日本語のできるロシア人FAが乗務しているからだ。発音がたどたどしくても正確な説明内容は以前と変わらないので安心できる。
成田からモスクワまでのフライト中、2度の食事が出た。この食事がソ連時代を連想させた、と言うのは日本食と西洋料理・ロシア料理とロシア的にミックスされた料理だったからだ。不味いわけではないが物珍しさがある。
モスクワ到着前に機長からアナウンスがあった、モスクワの天候は良好、気温はマイナス4度ですと。
既に新生ロシアになって20年、ソ連時代のアエロフロートは連邦構成国家ごとに分割され、それぞれの航空会社として独自の運営を行なっている。ロシアのアエロフロートもソ連邦崩壊後に分割され、シベリア航空(S7)と現在のアエロフロート・ロシア航空に分割されている。このアエロフロートがソ連時代のアエロフロートの継承会社であろう。
アエロフロート・ロシア航空
http://www.aeroflot.ru/cms/ja
今回の機材はエアバス330‐300、この時期、空いているかと思ったがほぼ満席だった。成田でのフライトの案内にモスクワ・パリと表示されていたので、この機材はモスクワを経由してパリまで行くのであろう。入国審査にはこの便から降りた乗客がほとんどいなかったので、多くはパリへ行きトランジットととして降機・登場したのしたのであろう。
モスクワまでの所要は、約10時間、成田空港を離陸して、一旦、太平洋上へ出てからUターンして日本列島を横断、新潟上空から日本海へ出て北上し、札幌と同じ緯度に達する頃に針路を西に取り、シベリア沿海州からロシアに入り、緯度の高いシベリア上空を延々と西へ飛ぶフライトルートである。
ウラル山脈までは8時間かかる。つまり、ウラル山脈からモスクワまで2時間と言うわけだ。シベリア上空は、今の季節、雪に覆われている。ほとんどが森林か原野であろう。時々、大河が窓の外に現れる。とにかく雄大な景色だ。それを見ようと窓側に席を取っている。フライトの時間が昼間と言うこともあり都合が良い。
アエロフロート・ロシア航空には日本人FAは乗務していない、これは、ソ連時代から変わらず、日本語のできるロシア人FAが乗務しているからだ。発音がたどたどしくても正確な説明内容は以前と変わらないので安心できる。
成田からモスクワまでのフライト中、2度の食事が出た。この食事がソ連時代を連想させた、と言うのは日本食と西洋料理・ロシア料理とロシア的にミックスされた料理だったからだ。不味いわけではないが物珍しさがある。
モスクワ到着前に機長からアナウンスがあった、モスクワの天候は良好、気温はマイナス4度ですと。
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