ブルガリアの旧通貨レフ(単数、複数はレヴァ)は、同国がユーロを導入してから1か月後の日曜日に法定通貨ではなくなった。
1996年の通貨危機は市場経済移行の失敗例で、体制転換の失敗、政治と銀行の癒着、不良債権+財政赤字、通貨増刷によるハイパーインフレが重なった構造的な危機であった。ブルガリア経済はどん底、通貨・銀行・財政の全面崩壊により複数の銀行が実質的に破綻し国家が崩壊寸前だった。私は1996年の年末から1997年の年明けに滞在、宿泊していたホテルからVISAでのクレジットカード決済ができなくなった旨の説明があり、支払いは現金か銀行送金のみとの通知を受け取っていた。ソフィアで最も由緒あるビトーシャホテル(オーナーが変わったのか、ケンピンスキー・ザグロフスキーホテルという名称だったと思う)だった。
この通貨危機は翌1997年にブルガリア通貨レフとドイツマルクを固定させるカレンシーボード制の導入で解決した。これしか方法がなかったのだろう、手遅れ状態だったでので。レフをドイツマルク(後にユーロ)に固定させ、中央銀行が勝手に通貨を刷れない制度とし、IMF主導の厳格な財政規律を導入した。その結果として、年率300%あったインフレは急速に沈静化、通貨への信認が回復した。ブルガリア国家が破綻寸前で短期的には重篤だった。それが、今や、ユーロ圏の一員である。









