Tuesday, 16 August 2022

明治神宮外苑再開発の背景

 明日8/16、環境影響評価審議会第5回が開催される。
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/04.html

対象は何かというと、明治神宮外苑(48ha、面積がはっきりしない)、神宮球場と秩父宮ラグビー場等を再配置、建替え40階建て2棟+20階建て1棟の高層ビルを建設する内容、事業者は三井物産、明治神宮、日本スポーツ振興センター(文科省所管)、伊藤忠。既にEIAの段階ということはその前に事業決定がなされているということ、東京都で都市計画も変更されて。外苑の土地所有者は宗教法人明治神宮で48haのほとんどを所有。

なぜ再開発かと言えば、明治神宮外苑が国・自治体保有の公園などと違って宗教法人明治神宮により管理・運営されていることから、その財政的負担が重いことが背景にある(詳細不明)。例えば、新宿御苑は環境省が所管し維持管理している、面積は58.3ha。

外苑は太平洋戦争後にGHQが接収、旧国立(ナイル・キニックスタジアム、第二次対戦中に事故死したアメフトの選手)とされ、東京都は外苑の緑地を保全するために風致地区指定を行なっている。1951年に接収解除され宗教法人明治神宮が管理へ、1956年にアジア競技大会と国体会場となり旧国立を文部省へ、銀杏並木の道路を東京都へ移管。

約100年の歴史と百年樹木を誇る神宮外苑、そもそも明治神宮外苑という歴史的空間であり国民の聖域的空間(全国からの勤労奉仕と献木により造営された)をスポーツ施設の建替えを梃子に高層ビル3棟を建設するという市街再開発事業を承認した東京都の都民ファーストは何処へ?特定の民間企業への利益供与のようにしか映らないのはなぜだろうか、また、外苑は既成市街地ではないぞよ!そして伐採される樹木や銀杏並木の存続も危惧される。計画では銀杏並木の直ぐ横に球場が配置され14階建てホテルが併設とか。

ロンドンのハイドパークやリージェントパークに、パリのリュクサンブール公園かブーローニュの森に、ニューヨークのセントラルパークなどに高層ビルやホテル付スポーツ施設を建てるような印象しか受けなない。

日本の都市計画制度は英国等を参考に制度化されたが、テクニカルな箇所だけ参考にして理念を倣わなかったと言われている、総論抜きの各論だけ。仮に外苑に英国都市計画法が適用されたら、この外苑再開発は果たして認められるだろうかと。今年最大の東京トピック。

賛同署名
神宮外苑1000本の樹木を切らないで~再開発計画は見直しを!

緊急記者会見「危機に瀕する「外苑いちょう並木」石川幹子教授
危機に瀕する「外苑いちょう並木」 
新宿御苑トンネルの建設に伴う樹林保全の実態調査を踏まえて
――昭和59年(1984年)~令和4年(2022年)――
日時:2022年8月15日(月) 16時30分~
会見場所:東京都庁記者会見室
発表者:中央大学研究開発機構・機構教授、東京大学名誉教授 石川幹子
連絡先:〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27 中央大学3号館 12階 31207

オンラインセミナー明治神宮外苑の造園的価値:環境植栽学 藤井英二郎先生
8/13開催の録画です。
https://youtu.be/pHgDgp_uFXA 

令和4年度「東京都環境影響評価審議会」第一部会(第5回)を開催します
1 日時
令和4年8月16日(火曜日) 午前10時00分から
2 形式
WEBによるオンライン会議
3 議題(予定)
環境影響評価書案に係る総括審議
(仮称)神宮外苑地区市街地再開発事業
その他
4 その他
本会議は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、WEB上での傍聴のみとさせていただきます。なお、通信状況によって、映像の乱れや一時的な停止があることをあらかじめご了承ください。
傍聴を希望される方は、8月15日(月曜日)正午までに、下記【宛先】にEメールにてお申込みください。
【宛先】S0000721@section.metro.tokyo.jp
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/04.html
委員会名簿
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/documents/04.pdf

明治神宮外苑の再開発計画が明らかに まちの姿はどう変わる? | NHK 2022年5月20日【NHK】夏は花火、秋はイチョウ並木。野球やラグビーなどのスポーツも楽しめる明治神宮外苑。大正15年に建設され、歴史ある町並みを保持してきたこの地域が、再開発によってその姿を大きく変えよようとしている。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20220520a.html

神宮外苑地区におけるまちづくりについて(三井不動産)2022年5月19日
PDF
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2022/0519/download/20220519.pdf
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/news/2022/0519/


Monday, 15 August 2022

賛同署名-神宮外苑1000本の樹木を切らないで~再開発計画は見直しを!

 神宮外苑1000本の樹木を切らないで~再開発計画は見直しを!

賛同署名

神宮外苑1000本の樹木をきらないで、再開発は見直しを!

緊急記者会見「危機に瀕する「外苑いちょう並木」石川幹子教授

 8/15 16:30~ 危機に瀕する「外苑いちょう並木」:都庁記者クラブにて、石川幹子中央大学研究開発機構教授が緊急記者会見

「神宮外苑再開発に関わる東京都環境影響評価審議会」が急遽8月16日に開催されるとの発表を受けて、石川幹子中央大学研究開発機構教授が緊急記者会見を開きます。
 

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緊急記者会見のお知らせ
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危機に瀕する「外苑いちょう並木」 

新宿御苑トンネルの建設に伴う樹林保全の実態調査を踏まえて

――昭和59年(1984年)~令和4年(2022年)――

日時:2022年8月15日(月) 16時30分~

会見場所:東京都庁記者会見室

発表者:中央大学研究開発機構・機構教授、東京大学名誉教授 石川幹子

連絡先:〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27 中央大学3号館 12階 31207 

<会見の主旨>

神宮外苑の再開発にあたっては、「外苑いちょう並木が守られるか」について、5月26日に開催された東京都環境影響評価審議会第一部会で、委員から「データの提供が不十分であり、疑念が払拭できない」との意見が出され、結論が持ち越しとなっていました。再開される日時は明らかにされていませんでしたが、8月12日(金)、突然、8月16日(火)午前10時からの開催が通知されました。

最大の疑念は、いちょう並木の直近8mの位置に、神宮球場の店舗と外野スタンド、球場の基礎が地中に掘削・構築されることが、今後、百年の時を超えて、如何なる影響を与えるか、全く情報が提示されなかったことにあります。樹齢112年を数える外苑いちょう並木の、今後100年以上にわたる情報を得ることは、一般的には不可能と思われます。

しかしながら、隣接する新宿御苑において、歴史的に検証しうるデータが存在しています。新宿御苑のいちょう並木は、内藤新宿の火防樹として江戸期に旧玉川上水沿いに植えられたもので、外苑の母樹に相当し樹齢300年にのぼります。

御苑の森は、都市計画道路の整備により伐採の危機に瀕していましたが、東京都が計画変更を行い、御苑トンネルをつくり、環境省・新宿区等と協力をして保全された経緯があります。

この会見は、昭和60年から開始された樹木保全に携わった当事者である石川が、保全の実態(トンネルからの距離)と樹木の残存率に関する40年間の推移を分析したデータを開示するものです。

外苑のいちょう並木は、風前のともしびです。百年の計で創られた外苑です。私達の世代が、国民の奉仕で創り出された外苑の「これからの百年」に終止符を打つことは、許されることではないと存じます。

心を鎮めて、物言わぬ、いちょうの聲に耳を澄ますべき時であると思います。

8月15日の終戦記念日の会見となります。命の尊厳を守ることを、深く祈る報告といたしたく存じます。


YouTube録画「神宮外苑再開発オンラインセミナー」明治神宮外苑の造園的価値:環境植栽学 藤井英二郎先生

 
「神宮外苑再開発オンラインセミナー」明治神宮外苑の造園的価値:環境植栽学 藤井英二郎先生

8/13開催の録画です。YouTubeで観れます。

https://youtu.be/pHgDgp_uFXA


傍聴可-明治神宮外苑再開発 令和4年度「東京都環境影響評価審議会」第一部会(第5回)を開催

 8/16(火)10:00~神宮外苑地区計画環境アセス総括審議開催。
WEB傍聴申込みは8/15(月)午前中まで。

令和4年度「東京都環境影響評価審議会」第一部会(第5回)を開催します

1 日時
令和4年8月16日(火曜日) 午前10時00分から

2 形式
WEBによるオンライン会議

3 議題(予定)
環境影響評価書案に係る総括審議
(仮称)神宮外苑地区市街地再開発事業
その他

4 その他
本会議は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、WEB上での傍聴のみとさせていただきます。なお、通信状況によって、映像の乱れや一時的な停止があることをあらかじめご了承ください。
傍聴を希望される方は、8月15日(月曜日)正午までに、下記【宛先】にEメールにてお申込みください。

【宛先】S0000721@section.metro.tokyo.jp

https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/04.html
 
委員会名簿
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2022/08/12/documents/04.pdf

Sunday, 14 August 2022

映画「ひまわり(I Girasoli)」

昨晩、気になっていたソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニ共演のヴィットリオ・デ・シーカ監督映画「ひまわり(I Girasoli)」(bsシネマ録画)(伊仏米ソ制作)を観ました。

ウクライナ情勢と終戦記念日の関係でしょうか、戦争によって引き裂かれた新婚夫婦の行く末を悲哀たっぷりに描いている悲恋物語です、太平洋戦争にも通じるものがある、心に沁みる映画です。リュドミラ・サベーリエワの演技も素晴らしかった。

ロケ地は外国人の立ち入りが制限されていたソ連時代のウクライナ、キエフから500㎞南、ドニエプル川左岸のポルタヴァ州Чернечий Яр(NHK)、若しくはへルソン州(駐ウクライナ日本大使館)と言われています。(wiki情報ですが)

公開が1970年3月なので撮影がその前年でしょう、当時の赤の広場やグムなどの映像が映し出されています。最後のシーンのミラノ中央駅、切なく沁みます。

Friday, 12 August 2022

コロンボのアパートの名前

アパートの下の階はショッピングモールとなっている、その名が、Crescat Boulevardという、そして、目の前のアパートがCrescat Residences、「Crescat」とはどういう意味なのかと調べたところ、どうやらラテン語のようだ。

Crescat scientia; vit a excolaturは「知識を創出し人類の生活を啓発せよ」、この最初の単語がCrescatなので創出とか想像という意味ではないかと想像している。この言葉はシカゴ大学のモットーでもある。

因みに、この敷地にアパートがもう二つ建っているが、専制君主(Monarch)と皇帝(Emperor)と言う名だ。私の住んでいるのは専制君主の方だ。どうもオーナーがJohn Keels Landに代わってからのネーミングのようだ。「Crescat」と名付けたのはその前のオーナーであるインド系の「Oberoi」であろう。

Thursday, 11 August 2022

Apple AirPort Expressジャンク品はジャンク品だった

 Apple AirPort Expressジャンク品を500円でハードオフで買ったが、本当のジャンク品だった、何をやってもウンともスンも動作しない。以前は300円で問題なく動作したのだが、本当のジャンク品を売るようになった。それも値上げして。

マニュアルはとりあえずDLした。

User Manual (Dec. 11, 2007) https://www.router-reset.com/info/Apple/AirPort-Express-Base-Station-A1264-MB321LLA/user-manuals

https://fccid.io/pdf.php?id=905996

Wednesday, 10 August 2022

アスタナの足跡(2009年4月16日)

【アスタナの足跡】(mixiより転載、2009年4月16日)

昨日、カザフスタンのアスタナへ来ました。
寒いです、気温は氷点下、寒いとは思っていましたが春の衣装で来てしまったので外には長く居られません。
 
Residential Complex "Northern Lights"(アパート)
 
幸い、部屋の中でインターネットが繋がったので足跡を残すことにしました。
大平原に忽然と現われたカザフスタンの新首都アスタナです。
 
黒川紀章設計の新都市、多分、行政機関のブロックだと思います、がWest Bank(新都市)で建設中です。
 
でも寒くて街を歩く気にはなれません。移動中、車の中から垣間見るだけです。
 
新都市アスタナ、先月行ったアシガバートに似ているとこがあります。これは成金趣味という点。歪な巨大構造物、モスクワ大学を模倣した建物などが多い、ですが、中には建築雑誌に掲載されるような洗練されたデザインもあります。
 
また来るかどうかわかりませんが、そのときは予習してからにしたいと思います。

ダマスカス旧市街(2006年11月10日)

 【ダマスカス旧市街】(mixiより2006年11月10日)

何年かぶりにスークハミディエからウマイヤドモスク、その横イエスの塔を経てバプトゥーマ(トーマス門)まで記憶を頼り歩いた。

同行した人が気になったのが派手なランジェリーのディスプレイ、家と同じように内側を着飾るのがイスラム文化だと説明しておいたが果たしてそうだろうか?

ウマイヤドモスクでは50SPの入場券を購入(サラディーン廟の横)して北門から中へ入った。聖なる場所へ足を踏み入れるのは緊張する。ウマイヤドモスクの中には聖ヨハネの骨が収められているお墓が存在する。ローマ神殿からキリスト教の教会、そして、イスラム教のモスクへとの建物が変遷してきた歴史を垣間見られる。

ウマイヤドモスクの南、イエスの塔に向かう通りはダマスカスの工芸品点が並んでいる。寄木細工はその代表的なもの。道沿いに歩いていくと門があり、階段を降りて旧市街の奥へと進む

階段の右側にはカフェがあり、アレギレ(水タバコ)を楽しむ人でにぎわっている。さらに歩いていくと、ローマ時代の門の跡があり、このあたりから旧市街の生活が感じられる。ビデオ屋やシリアのパイ(ピデ)を焼く店、電気屋、グローサリーなどが並んでいる。

イスラム学校の前には水のみ場が設けてある。このあたりに、イスラム療法の病院が以前あったと聞いたが定かではない。途中、シリアのピデをつまみながら、旧市街の生活に触れる。

道を間違えて、アルメニア教会とハマームを見損なってしまったが、難なくバプトーマへ着いた。その先はキリスト教地区だ。


【ダマスカス旧市街】(mixiより2006年11月10日)
何年かぶりにスークハミディエからウマイヤドモスク、その横イエスの塔を経てバプトゥーマ(トーマス門)まで記憶を頼り歩いた。

同行した人が気になったのが派手なランジェリーのディスプレイ、家と同じように内側を着飾るのがイスラム文化だと説明しておいたが果たしてそうだろうか?

ウマイヤドモスクでは50SPの入場券を購入(サラディーン廟の横)して北門から中へ入った。聖なる場所へ足を踏み入れるのは緊張する。ウマイヤドモスクの中には聖ヨハネの骨が収められているお墓が存在する。ローマ神殿からキリスト教の教会、そして、イスラム教のモスクへとの建物が変遷してきた歴史を垣間見られる。

ウマイヤドモスクの南、イエスの塔に向かう通りはダマスカスの工芸品点が並んでいる。寄木細工はその代表的なもの。道沿いに歩いていくと門があり、階段を降りて旧市街の奥へと進む

階段の右側にはカフェがあり、アレギレ(水タバコ)を楽しむ人でにぎわっている。さらに歩いていくと、ローマ時代の門の跡があり、このあたりから旧市街の生活が感じられる。ビデオ屋やシリアのパイ(ピデ)を焼く店、電気屋、グローサリーなどが並んでいる。

イスラム学校の前には水のみ場が設けてある。このあたりに、イスラム療法の病院が以前あったと聞いたが定かではない。途中、シリアのピデをつまみながら、旧市街の生活に触れる。

道を間違えて、アルメニア教会とハマームを見損なってしまったが、難なくバプトーマへ着いた。その先はキリスト教地区だ。

I embarked for a trans Eurasian trip by USSR's ship "Khabarovsk" from Yokohama to Nakhdoka in 29 June 1985 at 11:00, which was 2 nights and 3 days cruise.
It was the starting point of my ambitious travel across Eurasia continent by railways. I disembarked at Nakhdoka and entered to USSR, then traveled to Moscow by Trans-Siberian Railway including a stop over at Irkutsk for a night in order to visit at Lake Baikal. Then I made round trip to Kiev by railway and air and I traveled to Leningrad by railway, After Leningrad, I finally departed to Finland by a night railway on 14 July 1985. Various things and accidents were happened during my stay in Soviet Union but I was really enjoyed and impressed by those things. I still remember clearly what happened there and what I saw.

I met Marina again in the afternoon of 11 July 1985 by chance at the entrance of Cosmos Hotel in Moscow when I returned to Moscow from Kiev. She was an Intourist attendant who took care of us from Nakhodka to Moscow on the Siberian Railways. Then we went to VDKh in front of the hotel and we were very much enjoyed walking and eating ice cream under white night, and she offered me one day private Moscow tour, so  the following day, 12 July 1985, we explored some places in Moscow by the public transportation such as metro and bus with 5 kopek per ride. It was fantastic days in Moscow with Marina.

These pictures were taken by Canon AE-1 Program+35‐75 f3.5-4.5 with films such as Kodachrome, Ektachrome and negative films, and scanned.

Yokohama> Nakhodka > Khabarovsk> Irkutsk> Moscow Yaroslavli > Kiev > Moscow > Leningrad >Lahati
http://1985.iio.org.uk/index.html

1985年6月29日、予てより準備していた横浜大桟橋発ナホトカ航路とシベリア鉄道でユーラシア大陸を横断に旅立った。7月1日、ナホトカ港着、ソ連邦へ入国、シベリア鉄道でモスクワへ、途中、イルクーツクでバイカル湖を見に一泊、モスクワまでさらに鉄道で、そして、キエフを夜行列車と飛行機で往復、モスクワから夜行列車でレニングラードへ移動、7月14日、レニングラードからの夜行列車でフィンランドへ出国した。ソ連滞在中、いろいろなことを見聞きしいろいろなことを体験した。今でもその時の光景ははっきりと覚えている。特にインツーリストの夏季アルバイトであったマリーナ(当時、ウラジオストク極東大学)にキエフから戻った時に再開し、翌日モスクワをバスや地下鉄を乗り継いで歩き回ったことが印象的だった。

この旅行のために一眼レフカメラCanon AE-1 Program+35‐75 f3.5-4.5を中古で調達、Nikon F2をと思ったが手が出せる価格ではなかった。ど素人というか、レンズの選択もよくわからないまま(標準の明るい単焦点であったならばもう少し写真が変わっていたのかもしれない)、そして、試し撮りもせぬまま出発、しかも自前のフィルムはKodachromeとEktachrome、その他、友人が融通してくれたネガフィルム(最初にネガフィルムから使い始めた)。

写真は街中や人々を撮りたかったが、結果、少ない。ネガの一部は紛失しているようだ、残念の極み。ハバロフスクで民警に捕まりネガ1本没収もあった。バウチャーはソ連出国時に回収されてしまった。