Monday, 2 June 2025

マルベリー(桑の実)

 タシケントやダマスカスで、この季節、クワの実(マルベリー)がバザールで売られていた、生食やクワの実ジュースにする。

クワの名の由来は、カイコの「食う葉」が縮まったとも、「蚕葉(こは)」の読みが転訛したともいわれているとおり、蚕の餌となる。果実は庭に植えられるマルベリー(英: Mulberry)がある。山野に自生しているのをヤマグワといい、蚕用は蚕が食べやすい葉の柔らかいマグワである。カフカス地方やアルメニア産のクロミノクワや、アメリカ産のアカミノクワは、いずれも生食用にしたり加工してジャムなどに利用する。

実家の庭と畑にクワに似た木があるがはっきりしない、自生したものだろうが果実は付けない。クワはほとんどが雌雄異株であり、これらは雄株なのかもしれない。

さて、今年はマルベリー(クワノキ)の苗を実家の庭先に植えた、1-2年後には実が付くだろうか?

サンプル





Saturday, 31 May 2025

ドラぷらの料金検索結果

 ドラぷらというNEXCOのアプリ、清洲西-東京が深夜割引時間での検索で5660だが、名二環は深夜割引時間外に通過、故に通常料金770+深夜割引5120=5890、あれれ?

やはり、豊明-東京だと深夜割引4980、この経路が最安。R23の渋滞時間を避けられれば、所要時間は名古屋IC経由と変わらない。







Monday, 26 May 2025

毛虫皮膚炎(チャドクガ)

写真はお見せできません、諸般の事情により。実家で畑仕事をした後は、必ずシャワー浴びているが、今朝、お腹と腕がやたらと痒い。よく見たら赤い湿疹がたくさんできていた、特にお腹左側。露出していないのにどうやら毛虫にやられたようだ。腕はわかるがお腹は衣類を通して皮膚に毛が触れたのか?皮膚科で処方されている掌用塗布薬がステロイド外用薬、以前、医師から虫刺されにも効くと説明を受けていたので直ぐに塗った。


調べてみたら、どうやらチャドクガの幼虫(毛虫)ではないだろうか。毒針毛が下着に付着するとそれが原因で湿疹や痒みが生じる。毛虫の毒針毛は皮膚に触れるとアレルギー反応を起こし、赤み、腫れ、かゆみ、発疹などの症状を引き起こす。


毛虫皮膚炎を引き起こすチャドクガはチャノキに発生する毒蛾だったことから「茶毒蛾(チャドクガ)」と言う名前が付いているが、チャドクガの幼虫はツバキ科ツバキやサザンカ、チャノキなどを好んで食べるため、これらの樹木に生息していることが多い。この情報から判断したのだが、昨日の夕方、ツバキの隣の木を伐採してツバキに触れていたのだ。


チャドクガの幼虫は長さ0.1mmほどの目に見えない位の小さな約50万本の毒針毛が全身に密集しており、この針に触れることで皮膚炎が発症する。チャドクガの幼虫は年間2回孵化し、5~6月頃や8~9月頃に多く発生するため、この時期が毛虫皮膚炎発症のピークとなる。また、チャドクガは卵から成虫になるまでずっと毒針毛を持っており、さらに脱皮したあとの抜け殻に触れるだけでも発症するので、1年を通じて注意が必要な毛虫である。


チャドクガによる皮膚炎の問題のひとつは、気づかないうちに触れて発症することである。これは、毒針毛が非常に細かく軽いため、風に飛ばされて服の隙間から入り込んだり、あるいは洗濯物に付着して家の中に持ち込んでしまい、毒針毛がついた衣服を知らないうちに着てしまって発症することもある。


ツバキの横で剪定作業をしていたので、衣類は直接ツバキに触れていたので、毒針毛が付着してそれが下着に付いてお腹の毛虫皮膚炎にだったと推察、首にタオルを巻いていなかったし。


チャドクガによる毛虫皮膚炎は症状が激しく出る、身体の一部に強い痒みを伴った赤い発疹が、突然、大量に発症して水ぶくれになるまで拡大して、耐えがたい腫れや痛みにまでなることもある。発症から1~2日に症状のピークになり、1~2週間ほどで治まっていくことが多い。


ステロイド外用薬を塗布したので痒みは治っているが発疹は変わらず、だ。

Thursday, 15 May 2025

白子町の新玉ねぎ

 大きな新玉ねぎをもらった。房総の白子町で買ってきたということ、全く知らなかったから、白子町は玉ねぎの産地で名を馳せていた。

白子町

https://www.town.shirako.lg.jp/0000005297.html

どうやって食べようかとレシピを検索したところ、コンソメスープ煮が簡単そうだったので試してみた。甘くて大変おいしかった。

コンソメスープ煮

https://park.ajinomoto.co.jp/recipe/card/800457/







Wednesday, 14 May 2025

ナスのようなブドウ

 こんなナスのようなブドウを見たことあるだろうか?これはスウィートサファイア(Sweet Sapphire)というブドウ、フルーツ遺伝学者のDavid Cainがカリフォルニア州で2004年に開発したユニークな形の種なし黒ブドウ。 2010年代後半に普及し始めたようだ。

某首都圏のスーパーにも売っていた、オーストラリア産のが。





Wednesday, 7 May 2025

やっと起動した。MacBook Pro 2011

 しばらく塩漬けになっていたMacBook Pro late2011、それはある時から起動途中で転けるようにACアダプタを外して放置していたからだが。ならば、粗大ゴミかと思ったがパソコンは区は受け付けない。Appleに回収の案内があったのでそういうことなのだろう。

とは言え、しばらく充電もしていなかったのでACアダプタを繋げておいたが充電されたようには見えない。今回、何度も再起動をトライして、やっと起動した。バッテリーが充電されないので、多分、過放電であろう。先日、Apple 丸の内へ友人のMacBook Air M1を持ち込んだときに聞いた説明と同じ。充電しない期間が長いと過放電状態になるのがリチウムイオン電池の特徴とのこと。

じゃあバッテリー交換すれば延命できるのかとAmazonで検索したら、MacBook Pro用のバッテリーを2018年末にに購入していた、DIYで交換したのか、でもその当時は海外勤務だったので、任期が終了した後のコロナ禍に入ってからだろうなぁ。ファンの音も気になるし、どうしようか思案中、古いモデルなのでDVDが一体型なのだ。





Sunday, 20 April 2025

木曽三川と我が故郷

 左の揖斐川と中の長良川、右の木曽川は愛知県、実家(右奥)。中央の背割堤が千本松原、薩摩藩による宝暦の治水事業。

写真右端が木曽川で岐阜県と愛知県の県境となっている。木曽川左岸の愛知県側が我が故郷である。江戸時代は、この辺りは海路で宮(熱田)と桑名の七里の渡しであった。海が荒れている時は河川を縫って行く佐屋-桑名の三里の渡しがあった。信長時代には木曽川支流の佐屋川沿いの津島湊であったが、土砂が堆積し下流の佐屋湊にその機能を譲っていた。津島湊は天王川公園として残っており、子供の頃はよく遊びに行った。尾張毛織物業の始祖である片岡春吉と中之島にはイサム・ノグチの父であり英文学者の野口米次郎の銅像が建っている。




写真:NHK

聖墳墓教会の奇跡の灯(聖火の奇跡)

Happy Pascha!

 「奇跡の灯(聖火の奇跡)」は、エルサレムの聖墳墓教会で復活祭の前日に行われる儀式で、信徒らが聖堂「エディクラ」の周りに集まり、火がともされた蝋燭を受け渡す際に起こる奇跡です。この儀式は、イエス・キリストの墓に火がともされた蝋燭を置くことで、復活の光を象徴するとされている。

聖堂の周りにはキリスト教の東方教会、西方教会の各教会の席がある。




Sunday, 13 April 2025

初めての草津温泉

 3月15-17日に草津温泉に滞在する機会があった。社会人一年生の時にたいへんお世話になった勤務先の社長だったMさんから、草津にリゾートマンションがあるので3月中旬にとお誘いをいただいた。

草津温泉やリゾートマンションなどこれまで縁が無かった。それは20代後半から海外業務に従事することになり、日本の現状を知らず体験せずだったことから、国内各地へ赴く機会を逸したままで国内事情に疎くなってしまっていたのだ。

学生時代、世間知らずのまま悶々と過ごしてしまい、実社会に出て社会の現実に直面、その時にMさんから世の中の現実や物事の考え方などを教示していただいた。今振り返ると、最初の社会人経験がその後の私の人生の根幹に影響を与えたのではないかと考えている。

草津温泉は室町時代から三名泉(草津、有馬、下呂)としてその名が知られ自然湧出量では日本最大の温泉である。江戸時代の温泉番付では東大関(横綱は明治以降の番付)と最高位に位置付けられていた。源泉は万代鉱源泉など6箇所で酸性泉である。万代鉱は硫黄鉱山だったようだ。

草津町の人口5839人(2025/3/1)、観光客数401万人(2024年、過去最高、リゾートマンション戸数約6000戸(と聞いた)、そのほとんどがバブル期に建設された。近年、新規ホテルも、星野リゾートなど、建設中だった。これは旺盛な観光需要を反映してのことだろう。

地理的にも認識していなかったが、草津温泉は草津白根山、白根山の手前だが、その先の長野県側が志賀高原である。学生時代に2回ほど熊野湯にスキーに行ったことがある。草津温泉街は標高1100~1200mの高地に広がっている。その周辺の標高が高い土地にリゾートマンションがカラマツ林の中にニョキニョキと建っている。北西部には、草津白根山(2,160m)、本白根山(2,171m)、逢の峰(2,110m)が聳え、上信越高原国立公園に指定されている。

リゾートマンションは1980年代中頃から1990年初頭まで、バブル経済絶頂期に建設されたのがほとんどで、これらを実際に目にするのは初めだった。苗場などのリートマンションはバブル崩壊とともに投げ売り状態だったと聞いているが、草津温泉のそれは、30年を経てもしっかり維持管理がされ、継続的に利用されているようだ。

草津温泉を有名にしたのは明治初期のドイツ人のエルヴィン・フォン・ベルツと英国人のコンウォール・リーであり、火傷やハンセン病などの温泉治療所として整備が進められた。エルヴィン・フォン・ベルツは明治9年(1876年)に東京医学校(後の東大医学部)の教師として来日し「ベルツの日記」を著し、明治初期の日本の様子を西洋に紹介した。また、日本の温泉を世界に紹介している。そして、「日本鉱泉論」を著し、温泉地を衛生的に改善する提案を行なっている。また、箱根、草津、伊香保などに西洋医学を取り入れ温泉治療所を設けるよう内務省に提案している。

コンウォール・リーは英国聖公会の宣教師として1907年来日し、東京を中心に8年間活動した後、1915年に草津のハンセン病支援団体からの要請で草津温泉を視察、以降、多くの療養施設を立ち上げ、ハンセン病患者のために患者のための生活・教育・医療に力を注ぎ、草津温泉がハンセン病の湯治場としての地位が確立された。

(wikiを参考)













八重桜のカンザン(関山)

 この桜はカンザン(関山)という八重桜、オオシマザクラを元に江戸時代に改良されたサトザクラの一種、ソメイヨシノより花弁の色がやや濃い。

ここは品川区の教育文化会館、五反田図書館がありお世話になっている。入口前の歩道の植え込みに植えられていて、出てきたら目の前にカンザンの花が広がっていた。