Tuesday, 11 June 2024

ドナウ黒海運河、ルーマニア

2022/6/11

 ルーマニアルートがウクライナ穀物の代替輸送ルートとして再浮上か?何れにしろドナウ河川港であるイズマイル港等までトラックか鉄道輸送になる。そこからバージでコンスタンツァ港(以前説明したが円借款によりコンテナ埠頭を整備、穀物用ではない)へ。

今日のルーマニアルートはドナウ水運であるドナウ黒海運河ルートを示唆していた。4月頃はウクライナのドナウ河川港であるイズマイル港迄だったが。ドナウ黒海運河はドナウ川のチェルナヴォダが起点、2運河に分岐し、コンスタンツァとナボダリで黒海に通じ、本線は64.4km。ドナウデルタ地帯は河口が安定せず浅いのでこの運河に優位性がある。運河の途中、メドジディアとムルファトラルに河川港があり、 3千トンバージ6隻停泊が可能である。1航行で18千トンの輸送ができる。

運河は長さ138 m (453 ft)、幅16.8 m (55 ft)、喫水5.5 m (18 ft)まで航行可能であり、チェルナヴォダ、アジジャ、オビディウ、ナボダリの4カ所に閘門がある。チャウシェスク時代の1987年に全線が完成した。

モルドバ経由の広軌鉄道が敷設されているルーマニアのガラティ迄ウクライナから行け、ドナウ河川港であるガラティ港からドナウ水運という案があったが、直ぐには使用できる状況ではないのだろうか。

オデッサ港とミコライエフ港が使えないのはウクライナ軍がロシア軍の上陸を防ぐために機雷を敷設したから、これを掃海しないと船が航行できないが、ロシア軍の揚陸機会との天秤。なぜゆえにこんなことになってしまったのか、今更だが考えずにはいられない。

(スクリーンショットはNHK国際報道)




ドナウ黒海運河、チェルナヴォダのドナウ川が起点、2本に分岐、コンスタンツァとナボダリで黒海に達する。



Monday, 10 June 2024

1985年8月の西ベルリンの風景

 1985年8月7日に観た西ベルリン・クーダム地区(Kurfürstendamm)の風景、尖塔が崩壊したままブダペスト通りのカイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche)、右の建物が新教会の鐘楼。聖堂は全面青いガラスの八角形のデザイン。ベルリン動物園駅から見ると新教会が手前になる、その先にオイローパセンターがある。つまり右奥がベルリン動物園駅(Bahnhof Berlin Zoologischer Garten) 。西ベルリンなので西側なのですが、どことなく荒んでいる印象が強かった。動物園駅横の線路沿いには娼婦が立ち、麻薬中毒患者がたむろしていた。このベルリン動物園駅は、当時、東ドイツ国鉄が運営していたので窓口の対応からここは東側だった、だが、まだここは西ベルリンなので西ドイツ。この駅から8月9日、ワルシャワ行き夜行列車に乗り、フリードリッヒ通り駅で出入国審査、西ドイツから東ドイツに入国し入国スタンプがパスポートに押された。

1943年11月22日夜、英空軍のベルリン空爆で教会が炎上し尖塔が崩壊した。第二次世界大戦後、連合国は再建に難色を示しそのまま放置され、1956年になり教会内部の瓦礫が撤去が開始された。1957年に旧教会撤去を前提とした新教会の設計コンペが行われエゴン・アイアーマンが設計者に選ばれた。設計案は市民の熱い議論を呼び起こし、旧教会堂を戦災記念碑として残す妥協案となった。

1961年12月17日にベルリン・ブランデンブルク福音主義教会監督のオットー・ディベリウスの司式で新カイザー・ヴィルヘルム記念教会堂完成献堂式がおこなわれた。




Sunday, 9 June 2024

ビワの季節

 ビワの季節です。これも母が植えた果樹、妹が食べ頃だと写真を送ってきたので少し送ってもらった。昨年、枝が広がり過ぎていてかなり枝を落としたので今年の実は少ない。

瑞々しくほのかな甘さ、そして傷みやすいので旬は一瞬に限定される。カラスが常に狙っていて昨年は収穫直前に先を越された。

枇杷は、バラ科の常緑高木で中国南西部原産、日本には古代に伝わった。枇杷には薬用効果があり、葉には収斂作用があるタンニンのほか、鎮咳(ちんがい)作用があるアミグダリンなどを多く含み、乾燥させてビワ茶とされる他、直接患部に貼るなど生薬として用いられる。また、果実は咳、嘔吐、喉の渇きなどに対して効能を発揮するとされている(wiki)。









Saturday, 8 June 2024

ソ連邦時代の長距離列車

 ソ連邦時代の長距離列車(1965年)、モスクワ・白ロシア駅発ワルシャワ、ウィーン経由ローマ行き(58時間)のショパン号、その他、モスクワ・キエフ駅発ブダペスト、ザグレブ経由ローマ行きのTissa号、所要66時間が運行していた。それぞれソ連邦国境で台車を交換していたのだろう、広軌から標準軌へ。





Friday, 7 June 2024

ウズベク料理になっているキムチ

ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスのバザールの片隅でキムチを必ず見かける。特にウズベキスタンのタシケント、ミラバットバザール周辺には韓国食材店が多いし、バザールには当然ですがキムチやキンバップ(海苔巻き)が売っている。そしてタシケント郊外には高麗人コミュニティが存在する。

東アジアの高麗人がなぜ中央アジアに居住するようになったのか、それはスターリンによる第二次世界大戦前の強制移住よる。

1931年3月、満州国が建国されるとソ連邦の指導者スターリンは、沿海州に居住する高麗人(朝鮮人)住民が日本のためにスパイ活動を行なっていると考えるようになり、1937年末までに沿海州に居住していた36,442世帯171,781人(wiki)の高麗人が、対日協力の疑いでソ連邦の中央アジアに集団追放され、その多くがウズベキスタンとカザフスタンに強制移住させられ、灌漑農業の発展に寄与した。

つまり、ソ連邦沿海州の朝鮮族(高麗人)が強制移住させられ、その際にキムチをウズベキスタンに持ち込み、根付いたということ。



Thursday, 6 June 2024

シリアはチェリーシーズン

 ダマスカスでこの季節よく食べたチェリー🍒、ザバダニ渓谷産だった。Zabadani Valleyはレバノン国境付近に位置し、周囲をアンチレバノン山脈に囲まれた盆地にある。





写真: Syria Insider

下目黒に引越直後の印象

 自転車で中目黒へ行き、屋上テラスのあるレストランでイスタンブールのペラ地区を思い出しながらランチをし、その後、青葉台の目切り坂を上ってヒルサイドテラスアネックスA、旧朝倉家住宅入り口から駒沢通りを経て恵比寿駅東口の印刷屋で名刺を依頼、それから、ガーデンプレイスの横から目黒駅方面へ行く。この辺り、住所が渋谷区恵比寿から品川区上大崎二丁目となる。

山手線と首都高目黒線に挟まれた地区は白金長者丸と呼ばれる昭和初期に開発された住宅地でかなり大きな区画が現在も維持され高級住宅街としても知られている。その手前に勾配13%の標識を見つけた。坂の多い地区なので坂には慣れているが「13%」は数値に驚いた、かなりの急坂を想像させる。

坂を下りてそのまま長者丸の住宅地を目黒駅方面へ上って行くと途中、山手線方面を見るとその正面に赤い球状の建物が見えた、その横に目黒清掃工場の煙突、それぞれ距離感が異なるので別な施設だろう。何だろうかと地図を確認したところ、山手線を跨いだところにある日の丸自動車学校だった、日の丸なので赤い球状の建物なのかとなんとなく納得した。

更に行くと昔の名残だろう「長者丸駐在所」という交番の前を通過した。この辺り、大きな区画に大きな家が建っている、その中の一軒の前に外交官ナンバーの車が3−4台駐車していた、外国公館だろう、地図には記載されていない。ドライバーが少し離れた道路際でタバコを燻らせていた、一見したところ日本人ではない。

その先、正面には敷地が広く前庭のある石造りの倉庫のような、よくいえばイタリアの石造りのような超高級マンションがあり、その向こう側に目黒駅前となる都市機構のシティコート目黒という大規模な住宅がある。ここは、元海軍大学敷地、その後、国立予防衛生研究所となり、都市機構が2000年初頭に住宅を建設した。そこまでは行かず、大正15年にレールで造られた白金桟道橋という人道橋で山手線を跨ぎ、目黒駅前に出た。ここも品川区上大崎、目黒駅の所在地も品川区なのです。目黒区は権之助坂からとなる、目黒駅界隈は渋谷区、港区、品川区、目黒区と区境が入り組んでいる。

坂が多いので自転車だと走り難いがそれでもその行動範囲は広がる。ママチャリでなく、本格的に自転車を考えよう。

バラの谷カザンラクとシプカ峠

ブルガリア中部のバラの谷、カザンラクはバラ祭りの季節、ローズオイルで名を馳せている。スタラ・ザゴラ州にあり、バルカン山脈麓のカザンラク平原に開けた都市である。
 
1370年、カザンラクはオスマン帝国の支配下に入る。現代の都市カザンラクの起源は15世紀に要衝シプカ峠を守備するための軍事要塞が設けられたことに遡る。シプカ峠はバルカン山脈(スターラ山脈)を越える峠でドナウ川右岸のルーセから南下しヴェリコ・タルノヴォ、カザンラクへ、スタラ・ザゴラへ、ハスコヴォ、さらにトルコのエディルネへと至る街道の途中にある。
 
1877年から1878年までの露土戦争において、シプカ峠は、シプカ峠の戦いと命名された一連の戦いの舞台であった。
 
カザンラクはシプカ峠の南側に位置し、タンニング(革加工)、銅細工、ガラス細工、フライゼ(織物)、靴作り、樽の製造などの手工業が発達し、バラの栽培も同様に発達した。バラ精油用のバラ(ダマスクローズ、ブルガリアローズ)はインドからペルシア、シリア、トルコを経由し入ってきた。
 
その他、カザンラクにはアーセナル社JSC Arsenal AD (1924年設立)が所在し、火器、弾薬、工作機械などを製造している。火器は拳銃、AK-47タイプのアサルトライフルなどの小火器や迫撃砲、地対空ミサイルなどを製造している。工作機械ではヤマザキマザックと提携しCNC、フライス旋盤などの民生用工作機械を製造している。
 






マルベリー(クワの実)

 タシケントやダマスカスでこの季節、クワの実(マルベリー)をバザールで売っていた。生食やクワの実ジュースにする。

クワの名の由来は、カイコの「食う葉」が縮まったとも、「蚕葉(こは)」の読みが転訛したともいわれているとおり、蚕の餌となる。果実は庭に植えられるマルベリー(英: Mulberry)がある。山野に自生しているのをヤマグワといい、蚕用は蚕が食べやすい葉の柔らかいマグワである。カフカス地方やアルメニア産のクロミノクワや、アメリカ産のアカミノクワは、いずれも生食用にしたり加工してジャムなどに利用する。

実家の庭と畑にクワに似た木があるがはっきりしない、自生したものだろうが果実は付けない。クワはほとんどが雌雄異株であり、これらは雄株なのかもしれない。

さて、今年はマルベリー(クワノキ)の苗を実家の庭先に植えた、1-2年後には実が付くだろうか?




Saturday, 1 June 2024

都知事選とポスターその2

 今日のは別バージョンの都知事選ポスター、候補者ポスターに地方自治体が民法に関わることを規定できるかのようなことが政策として挙げられていたが、どうなのか。