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Sunday, 23 April 2023

タクロバンにて、2014年4月

 FB情報の通り、今週よりフィリピンのタクロバンに滞在中です。速度の遅い熱帯低気圧が近づいているせいか、毎日雨です、しかも一日中、散歩もできません。

さて、宿泊先、前回と同様Leyte Park Hotel、本館は空きがなくコテージの部屋です。前回の隣、一棟海側になります。部屋の構成は同じ、今回、復旧が進んでいると感じたのは、前回はバスタオルだけだったのですがバスマットが置かれるようになったこと、それから、TVが1チャンネルだけでほとんど映らなかったブラウン管TVからLCDに替わり、衛星放送が観られるようになったこと。今、BBCを観ています。どれがローカルのメジャーなのか聞かないと、NHKは設定がない。

しかし、前回はお湯が出るのに時間が掛ったものの出ていた、それに気付くまでに数日かかったが、のですが、この部屋は1時間も出しっ放しにしていてもお湯になりません、なので水シャワーです。あー早く頭をちゃんと洗いたい。それから、毎夜、天井が騒々しい、ネズミですね、走り回っています。

ところが、明日、一段落し帰国するメンバーが何人かいて本館へ移れることになったので幸いです。その部屋の住人に、お湯の件を確認したところ問題ないとのこと、少しは落ち着けそうです。それから、デスクもあるとの事、前回も今回も無いのでベッドの上でPCを使っています、今もそうです。

海側のコテージでも携帯電話キャリアのGlobeの電波を受信できるのでポケットWiFiルータでインターネットを受信できるようにしています。本館は、ホテルWiFiが受信できるそうです。

コテージではSmartの電波はほとんど入らないが、本館側は受信可能となるのでトライアルのつもりだったが、最初から30daysも設定してしまったことを反省、1 dayで確認すべきでした。というのはLTE接続のつもりで3Gで設定してしまったからです。これは変更ができません。

長雨のせいか、毎夜毎夜、外ではゲロゲロと合唱で賑やかです。

Sunday, 25 May 2014

ホテルアレハンドロと日本軍

1932年築、泊まっています。staying at this hotel built in 1932.

太平洋戦争中、日本軍が3ヶ月ほど接収し、その後、鈴木性の日本語教師がこの館に住んでいた。しかし、1944年10月、米軍の侵攻に伴い、退去。その後は、米軍が使用した。

当時の写真、特に戦争中の米軍とオーストラリア軍、日本軍と日本統治時代のタクロバンの風景など、所狭しと展示されてギャラリーのようです。

Tuesday, 15 April 2014

タクロバン再び


今週よりフィリピンのタクロバンに滞在中です。速度の遅い熱帯低気圧が近づいているせいか、毎日雨です、しかも一日中、散歩もできません。

さて、宿泊先、前回と同様Leyte Park Hotel、本館は空きがなくコテージの部屋です。前回の隣、一棟海側になります。部屋の構成は同じ、今回、復旧が進んでいると感じたのは、前回はバスタオルだけだったのですがバスマットが置かれるようになったこと、それから、TVが1チャンネルだけでほとんど映らなかったブラウン管TVからLCDに替わり、衛星放送が観られるようになったこと。今、BBCを観ています。どれがローカルのメジャーなのか聞かないと、NHKは設定がない。

しかし、前回はお湯が出るのに時間が掛ったものの出ていた、それに気付くまでに数日かかったが、のですが、この部屋は1時間も出しっ放しにしていてもお湯になりません、なので水シャワーです。あー早く頭をちゃんと洗いたい。それから、毎夜、天井が騒々しい、ネズミですね、走り回っています。

ところが、明日、一段落し帰国するメンバーが何人かいて本館へ移れることになったので幸いです。その部屋の住人に、お湯の件を確認したところ問題ないとのこと、少しは落ち着けそうです。それから、デスクもあるとの事、前回も今回も無いのでベッドの上でPCを使っています、今もそうです。

海側のコテージでも携帯電話キャリアのGlobeの電波を受信できるのでポケットWiFiルータでインターネットを受信できるようにしています。本館は、ホテルWiFiが受信できるそうです。

コテージではSmartの電波はほとんど入らないが、本館側は受信可能となるのでトライアルのつもりだったが、最初から30daysも設定してしまったことを反省、1 dayで確認すべきでした。というのはLTE接続のつもりで3Gで設定してしまったからです。これは変更ができません。

長雨のせいか、毎夜毎夜、外ではゲロゲロと合唱で賑やかです。

タクロバンのSanto Niño Shrine

Santo Niño Shrine, 
今日の午後、ランチの後の社会見学。

イメルダ・マルコス元大統領の29レストハウスの一つでイメルダ夫人ために建てたもの、78年か79年の竣工。大統領 夫妻のコレクションの一つ、ロシア正教のイコンやマトリョーシカが保存されていた。
http://www.tourisminthephilippines.com/city/Tacloban/Sto-Nino-Shrine-Museum/HTML/Tacloban-Sto-Nino-Shrine-Museum-Index.html

Wednesday, 5 March 2014

タクロバンのマドンナマリア観音と平和記念碑 Madonna of Japan in Tacloban

市庁舎前の公園に平和記念碑があり、その先にマドンナマリア観音が建っている。十字架は後から誰かが付けくわえたのだろう。


■マドンナマリア観音
As a symbole of peace between the Filipinos and Japanese peolpe 33 years after the Second World War. This monument of the Madonna Maria Kannon is erected in memory of the brave soldies who fought and died in this battle field.
Keiko Sakamoto: Project Director
Nihonkoku Takarazukashi Nikawacho in coorporation with:

Hon.Obdvlia R. Cinco
Tacloban City Mayor
Famility of suviving members
Inscriber: Yoshikazu Sakamoto
Hisako Sakamoto

こ の像はマドンナマリア観音と称し太平洋戦争の戦場となったフィリピン全島に於いて悲しくも戦火の犠牲となってこの世と分かれた@多くの現地住民及び祖国の ためにと参戦した散華した全ての国の軍人軍属の御霊に永遠に安らかなれと祈念し、併せて全世界の平和を願って終戦33年を@念し日比両国の有志が協賛し鎮 魂と平和の象徴としてこの像を建立したものであります。
1977.12.7
発起人:日本国宝塚市仁川町 坂本啓子
協賛:タクロバン市民 市長 オブドゥリヤ・シンコ
日比両国@@@ 有志一同
作 坂本儀一 坂本久子

■平和記念碑
由来
この平和記念碑は、第二次世界大戦で母国のために勇敢に戦って戦死した日本とフィリピン慮国の軍人、軍属及び戦火によってこの地で尊い生命を失われた全ての人の「御霊を鎮めるとともに永遠の平和を祈念」して建設した。

また、フィリピンと日本の平和記念公園は、平和を愛する日本とフィリピン両国の相互理解を願い、レイテ住民のいこいの場所として造園した。

この事業は、中央政府の理解を得て、東京都遺族連合会が出資して、フィリピン政府観光省、フィリピン観光局、タクロバン市、東京都遺族連合会のプロジェクトによって完成した。

フィリピン共和国関係機関の支援と協力に対して深く感謝の意を表してここに明記する。

碑文の揮毫は東京都知事鈴木俊一によるものである。
平成7年3月29日
日本国 財団法人東京都遺族連合会
フィリピン共和国 観光局

Dedication
This Peace commemoration statue and park is dedicated in prayer fro the eternal peace of the souls of the soldiers and paramilitary personel of Japan and the Philippines who bravely fought and died for thier countries as well as all people who lost thier precious lives due to the war.

This place of peace was constructed to further mutual understanding and peace between the peoples of Japan and the Philippines and a recreation area for the people of Leyte.

The Tokyo Survivor Association expresses its deep appraciation for the generous support cooperation of the city of Tacloban, and the Philippine Tourism Authority for the design and realization of this project.

This inscription was written by Hon.Shunichi Suzuki, Governor of Tokyo.

29 March 1995
Tokyo Survivor Association
Japan



Sunday, 23 February 2014

Gioseppe's Italian restaurant in Tacloban

タクロバンのイタリアン料理、窯焼きピザが旨い。
なれど計算を間違うので要確認。 書かれたメニューはない。









Elena Homebaked Goodies in Tacloban タクロバンのパン屋

ダウンタウンを散歩中に見つけたベーカリー