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Friday, 2 October 2020

九州自動車紀行その6、広島-呉-岐阜羽島-実家、2020年9月23日(水)

 

実質的な最終日は広島から呉へ、呉から一気に実家へのコース。ANAクラウンプラザホテル広島のチェックアウトの時間11時まで平和記念資料館へ、昨晩、覗いたらコロナ禍なので事前予約制の表示だったが、行ってみたら直ぐに入れるというので運よく入場。駆け足だったが高校の修学旅行以来だがひととおり見ることができた。

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丹下健三設計の平和記念資料館

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平和のキャラバン・東(太陽)

ホテルのチェックアウト時間ぎりぎりまで平和記念資料館を見て回る、昨晩は、公園内を見て回ったが、デザインされたものは見ていて気持ちが良い。平和記念資料館の出口に広島出身の平山郁夫作「平和のキャラバン・東(太陽)」というタイルでのシルクロードっぽい作品があった。これはこれで素晴らしい。広島美術館なども足を延ばしたかったが、連休明けなので休館だったり、コロナ禍で予約制だったりと勝手がよくない。これから行く呉もそういうタイミングとなってしまった。

チェックアウトして呉へと車を出したら、駐車料金2000円を徴収された。近くの駐車場でも一泊この値段まではしない、なんとかく嫌な気分。

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広島市内で給油してから呉まで一般道で行くつもりだったが、橋を渡ったら広島呉道路(15.9㎞)だった。広島市には広島市高速もあり、やたらと有料道路が多いが、これは日本の現実、そして料金体系が別々なのだ。呉ICで下車、大和ミュージアムへ。

01広島ANA-呉海事資料館

呉の大和ミュージアムは予想通り、連休明けで休館日、残念。しかし、戦艦大和の艦橋は外なので見ることができた。駐車場は運営されていた。

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せっかく呉まで来たので駅まで歩いてみた。途中、銀行の窓に「この世界の片隅で」のポスターが貼ってあった。アニメ版は丁度観たばかりだった。

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呉からは国道185号線でトンネルを通過して建設中で供用を開始している東広島呉自動車道(国道375号線)の阿賀ICから乗り、高尾JCTから山陽自動車道へ合流してそのまま神戸JCTを目指した。

02呉海事資料館-岐阜羽島IC

往路にミスった新名神高速道路へ神戸JCTを直進し、宝塚北SAで休憩。トイレまで宝塚だった。高槻JCTから名神高速へ、そのまま名神高速を岐阜羽島まで走行。途中、時間調整のために関ヶ原PAで休憩、岐阜羽島ICから下りて実家へ。

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03高槻JCT-岐阜羽島IC

実家に着いたのは日を跨いでいた。この羽島は真っ暗だったし交通量もほとんどなかった。馬飼頭首工から愛知県側へ、もう近い。

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広島市からの総走行距離は511㎞、所要7:30、平均時速69km/L、燃費13.6km/L、高速だけだと移動は早い。これで、九州自動車紀行、実際には実家から目黒まで残っているが、4泊5日で終了。

Wednesday, 30 September 2020

九州自動車紀行その4の2、崎津集落-鬼池港-口之津港-長崎、2020年9月21日

 

その4の1のつづき、2020年9月21日、敬老の日で祝日、崎津集落から、そのまま天草の海側の国道389号線を時計回りに鬼池港フェリーターミナルを目指した。崎津集落の入り口には案内所があった。名称がビジターセンターではなくガイダンスセンターだった。

02天草崎津集落-鬼池港

崎津集落から少し走ると大江集落が国道から見えたが、大江集落入り口に停車して遠くから眺めるだけにしてフェリーの時間を気にしながら鬼池港へ向かった。2車線の双方向で時々トンネルもあったが道路状況は良好で交通量少なく、信号もほとんどないのでかなり快適だった。

途中、走っていると正面に苓北の海側にある九州電力苓北発電所(700MWx2機、計1400MW、超超臨界圧石炭火力)に見えた。1号機は1995年に、2号機は2003年に運転を開始している。両機とも発電設備容量700MWの超超臨界圧石炭火力である。鬼池港には約1時間ほどで着いた。

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九州電力苓北発電所(700MWx2機、計1400MW、超超臨界圧石炭火力)、http://www.kyuden.co.jp/effort_thirmal_k_hatsuden_k_reihoku.html

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島原鉄道が天草の鬼池港から島原半島の口之津港までフェリーを運営している。熊本市から天草へ向かっている友人に電話すると、途中で渋滞に巻き込まれ昼頃には本渡には着きそうにないというので先を急ぐことにし、誘導されるままにフェリーの列に車を止めた。フェリーは先着順なので3列に車を並んで止め、それから、チケットを購入する。購入には車検証が必要となる、車のサイズを確認する、料金が車の大きさで課金されている。車の時計が13:28、表の時刻表にはないフェリーで14:00発?のチケットを購入した。5m未満の乗用車で運転手分を含み2940円だった。

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チケット、14:00発だったと思うが時刻は明記されていない。

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熊本市内から崎津集落を経由して鬼池港まで、走行距離160㎞、走行時間3:48、平均時速42km/h、燃費12.5km/L。

チケットを購入後、ターミナル周辺を見て回る、天草四郎の像と天草の案内があり今朝から走ったルートを確認した。道路状況が良好かつ交通量がほとんどないので走りやすかった。

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天草は島である、上天草市からループ橋で海峡を渡って天草市の本渡へ渡る。

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対岸、島原の口之津港からフェリーが着き、車を降ろした後に我々の車をフェリーへ順番に移動させる。車止めをスタッフがテキパキと置いていった。

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海は凪、鬼池港から口之津港までのフェリーは30分ほどで到着した、僅かだったが船旅はいいものだ。着岸した後に口之津港ターミナルの駐車場へ。

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南島原市口之津港フェリーターミナルビル、真新しい、ここはもう長崎県南島原市(平成の合併で出来た新しい自治体のような名称)、行政機関の出先と一体化した建物だった。口之津歴史民俗資料館があったがコロナ禍で閉館中、ビルの中を散策、チケット売り場や売店は開いていた。

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駐車場で少し休憩して長崎までのルートを検討、素直に海沿いの一般道(国道251号)をひたすら走ることにした。

03天草鬼池港ー長崎ANAホテル

長崎市の手前から国道251号線が山越えと険しくなり、トンネルを通過したら長崎市街、長崎駅前付近だった、意図していたのはもっと南のほうだったが。初めての地はこういうことがよくある、特に長崎は地形が複雑だ。地図を見たら長崎駅からホテルはそれほど遠くはなく難しくはなかった。市電の走る街、いい雰囲気。

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ホテルはオランダ坂の近く、大浦天主堂への坂の入り口のANAクラウンプラザ長崎グラバー、いい場所にある。予定よりかなり早く16:05に着いた。昨日までのAPAとは異なり無料駐車場付き(このホテルだけ特別だった、翌日の広島は一泊2000円も徴収された)だった。しかも玄関前に駐車させてもらった。

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ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル

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島原半島の口之津港から長崎市内まで約70㎞、約2時間かかった。

9月21日、走行距離229㎞、走行時間5:52、平均時速39km/h、燃費11.9㎞/L。宿泊:ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒル

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その5へつづく。

九州自動車紀行その4の1、熊本市-天草本渡-崎津集落、2020年9月21日

 

九州紀行その4の1、2020年9月21日、熊本市中央区-天草本渡-崎津集落、115km。それほど距離はないが、今日は一般道での移動となる。昨晩、天草出身の友人が天草への道路は一本道なので事故か何かあると大渋滞になるので早めに出発した方が良いという、そして4連休という認識が希薄、夜明け後の6時半くらいにと準備をするも結局、駐車場を出たのは7時だった。APAホテルからは少し歩かないといけなかったが駐車場はパスポート24辛島というサクラマチバスターミナルの隣だった。

01熊本市桜町バスターミナル-天草崎津集落

天草へのルートは国道3号線を南下、宇土(先日、大相撲で優勝した関脇正代の出身地)で国道57号線を右折すればよい。その後は信号が殆どない、三角から国道266号線へ、供用間もない三角大矢野道路(現在無料)-天草パールライン-を経て大矢野島へ、いくつかの島を渡り、途中、合津ICから松島有料道路(国道324号線)を利用、上津浦ICで原道に合流、順調に走行し、ここで国道266号線に2時間で天草瀬戸大橋(ループ橋)を渡り天草市本渡へ着いた。

そのまま国道266号線を直進、河浦町三叉路で国道389号線へ、崎津集落入口サインを左折、2時間40分で崎津集落に到着。運良く諏訪神社下の駐車場も空いていた。写真の通り、快晴、清々しい日でした。

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崎津カトリック教会

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熊本市から116㎞、所要2:35だった。

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崎津カトリック教会の内部、コロナで内部へは入れなかったが窓が開いていて見られるようにしてあった、ここは畳張りの教会。

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この教会は1934年(昭和9年)に吉田庄屋役宅跡地に建てられた。この庄屋は江戸時代、キリシタン弾圧の象徴であった「踏み絵」が行われた。祭壇はその踏み絵の場所に建てられている。

教会を観た後に集落内を散策した。コロナ過ということもあり観光客は世界遺産ではあったがそれほど多くはなかった。

この後、鬼池港へ天草半島の海沿いの道を時計回りで向かう。