これは2019年7月6日FBに書いた文書です。
最近読んだ本にカラヤンはアルメニア人との書かれていた。著者が著者だけ恐れ多くて、以前、エレバンで働いていた時に書いた文章が残っていた、その時の内容は下記の通り、どなたか学術的に検証した方、いらっしゃいますか?
■カラヤンはアルメニア系か?自慢好き、議論好きのアルメニア人と接するとこの話題が常に上るのは間違いない。日本人はアルメニアとの距離がありすぎ、「ヤン」が最後に付くからアルメニア系と信じて疑わない輩も多い、この二者が交わると真実という言葉はどこかへ消え去り空論だけが先行する傾向にある。アルメニア系(トビリシ生まれ)として著名な音楽家ではアラム・ハチャトリアンがよく知られている。中学の音楽の時間に「剣の舞」(バレエ組曲ガヤネ、若しくはガイーヌの構成曲)はよく紹介されている。では本題のヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)はアルメニア系か?祖先はアルメニア系とも言われているが、ギリシャ・マケドニア系のカラヨアンネス家の子孫の説が有力と私は考えている。1)カラヤン本人が否定していること、アイデンティティが存在しない(アルメニア系なら肯定する)、2)カラヤンはローマンカトリック、アルメニア系ならばアルメニア使徒教会となる、3)カラヤニスから-nesを取ってカラヤンへ改名した事実があり、最初から-ian、-yanではなかった。それから、大アルメニア王国(それ以前のウラルトゥ王国(BC247-228)は現在のアルメニアと地理的に重なるがアルメニアなのか疑問)が存在したのは紀元前190-66年の間、その後ペルシャ、ローマの支配を受け、離散している。2000年以上も前に日本へ渡来した朝鮮半島の人は朝鮮系とは言わない。万が一、カラヤンの先祖が古代アルメニアから移住していたとしても、そのアイデンティティがないのではアルメニア系とは言えない。以上、私の結論ではカラヤンはギリシャ・マケドニア系のオーストリア人である。ちなみにHerbert von Karajanの「von」は貴族を表す。「von Karajan」、高祖父のゲオルク・ヨハネス・カラヤニスは、現在のギリシャ・コザニで生まれ、1767年にウィーンへ移住、最終的にはザクセン地方のケムニッツに定住し兄弟と共にザクセンの服飾産業で成功した。この功績により神聖ローマ帝国フリードリヒ・アウグスト3世より1792年6月1日に爵位を受け貴族の称号である「von」の使用を許されている。しかし、第一次世界大戦によりオーストリア帝国は消滅し、1919年4月に制定されたオーストリア共和国憲法によって貴族制が廃止されたことから、正式な氏名は「ヘルベルト・カラヤン」、パスポートにはこのように記されている。「ヘルベルト・フォン・カラヤン」は芸名とも言える。
No comments:
Post a Comment