コーカサスの次の「第15集キャラバンは西へ〜再現・古代隊商の旅」はシリア砂漠だった。NHK特集シルクロード第2部、1984年放映の再放送、西安(長安)から日産パトロールのキャラバンでローマを目指している。
第15集はコーカサスからやや飛んでいるがバグダードからの隊商の話題、中継基地として築かれたユーフラテス河畔のドゥラ・ユーロポス、そして、パルミラ、何も現在のシリア領内に位置する。ドゥラ・ユーロポスはデルゾールから約90km下流に、バグダードからユーフラテス川沿いに430kmに位置する。
シリア砂漠はドゥラ・ユーロポスからパルミラ、そして、ホムス手前までだろう、当時はタルトゥース港だったのか。途中、パルミラ手前からパルミラまでをラクダで隊商を再現しているがそうやってパルミラに着きたかったのか。やはりパルミラはシルクロード交易で栄えた特筆に値する歴史がある。
取材は1984年以前であろう。1998年初頭からダマスカスで仕事をしていた。その時シリア人から我々はシルクロードの端と端だが歴史的に繋がっていたのだということを何度か聞いた。それがこの特集でも強調されていた。死者の谷の商人の墓をフランス隊が発掘した際に多くの完全なミイラを発見した。彼らが驚いたのはミイラではなくミイラを包んでいたシルクの布地であった。それは漢の時代の赤いシルクであり、中国商人が残した漢字で書かれた記録も見つかっている。つまりパルミラまでは中国商人がシルクロードを経て交易に来ていたということだ。この再放送で端と端で繋がっている云々の一緒に働いていたダマスカス大学教授の説明を再確認した思いだ。
1998年の週末、調査団長であった当時勤務していたコンサルタント会社の会長が奥様同伴で出張して来ていたのでパルミラへお供した。パルミラはホムスから東へ向けて砂漠の中をひたすら走る。途中、二又に別れ南東への道はバグダードへ、東へはパルミラだった。
Damascus-Homs180km-Palmyra 160km, 340km、ダマスカスからだと砂漠道路は時間がかかるのでホムス経由が早いとのこと、片道3時間半程度はかかった。3月初旬だったので暑さはそれほどではなかった。パルミラ博物館では日本のODAマークがショーケースなどで見られた。ホムスーパルミラ間は写真にもあるように砂漠の中をひたすら走る道路だった。
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