都営住宅とは異なり職と制限はない。
公社住宅と都営住宅がある。
公社住宅募集センターと都営住宅募集センターある。前者が東京都住宅供給公社の賃貸住宅、後者が
公社住宅募集センター:東京都住宅供給公社の賃貸住宅
https://www.to-kousya.or.jp/chintai/
都営住宅募集センター:都営住宅、市営住宅、東京都施工型住宅
都営住宅の募集
https://www.to-kousya.or.jp/toeibosyu/
東京都施行型都民住宅の募集
https://www.to-kousya.or.jp/to/
区市営住宅等の募集
https://www.to-kousya.or.jp/ku/index.html
現在、町田市と中野区の住宅を募集している。
町田市営住宅等の募集
https://www.to-kousya.or.jp/ku/machida.html
中野区営住宅の募集
公社・都営住宅住民向け駐車場
https://www.to-kousya.or.jp/ch_p/#k10
東京都施行型都民住宅は、東京都が建設・所有し、JKK東京が募集・管理するものです。
先着順で受付する住宅と抽せんにより入居者を決定する住宅があります。
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Wednesday, 18 November 2020
東京都の公営賃貸住宅
Tuesday, 3 September 2013
Friday, 18 May 2012
目黒区の町名(行政地区名)の変遷と東京23区への道程
昭和7年(1932年)10月1日、荏原郡目黒町と碑衾町(ひぶすままち)の区域をもって目黒区が成立した。
それまでは、武蔵国荏原郡三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村、碑文谷村、衾村の6村があり、荏原郡の区域は、現在の品川区、大田区、目黒区のほぼ全域と世田谷区の一部に相当する。
明治2年から4年(1869-1871年)までは、荏原郡は品川県に属していた(三田村のみ東京府に所属)。
明治4年7月(1871年8月)、廃藩置県が実施され、同年11月(1872年1月)、東京府、品川県、小菅県が廃止されて、新東京府が設置さた。荏原郡の区域は東京府に属することとなり、府内は6大区・97小区に分けられた(大区小区制)。
明治7年(1874年)3月、区割りが見直され、改めて11大区・103小区が設置された。後に目黒区となる区域は、このうちの第7大区第1、5、6小区に属していた。
明治11年(1878年)11月2日、郡区町村編制法の施行に伴い大区小区制が廃止され、東京府下に15区6郡(荏原、南豊島、北豊島、東多摩、南足立、南葛飾)が置かれた。後に目黒区となる区域は荏原郡に属していた。
明治22年(1889年)、市制・町村制が施行され、東京市(15区)が成立し、府下の6郡は、既存の町村が整理統合されて85町村となった。このうち荏原郡に属していたのは1町(品川町)18村で、現在の目黒区の区域に該当するのは目黒村と碑衾村であった。
明治22年、目黒村は三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村が合併して成立した。
明治22年、碑衾村(ひぶすまむら)が碑文谷村と衾村が合併して成立した。
明治29年(1896年)、南豊島郡と東多摩郡が合併して豊多摩郡となる。
大正11年(1922年)に町制が施行され目黒村が目黒町となる。
昭和2年(1927年)に町制が施行され碑衾村が碑衾町(ひぶすままち)となる。
昭和7年(1932年)10月1日、東京市は周辺の5郡(荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡)を編入し、大東京市が成立した。
編入された82町村は20区に編成され、東京市は既存の15区(麹町、神田、日本橋、京橋、芝、麻布、赤坂、四谷、牛込、小石川、本郷、下谷、浅草、本所、深川、現在の千代田区、中央区、港区、新宿区(一部)、文京区、台東区、墨田区(一部)、江東区(一部))と合わせ、35区から構成された。
昭和7年(1932年)、目黒町と碑衾町の区域をもって目黒区が新設された。【冒頭の通り】
昭和22年(1947年)3月15日、35区は22区に整理統合され、同年8月1日、板橋区から練馬区が分離して23区となった。(昭和22年3月10日、東京都告諭第1号)。
同年、公布制定された地方自治法によって各区が特別地方公共団体(特別区)になった。
昭和18年(1943年)7月1日、東京府と東京市が廃止され、新たに東京都が設置された。この時、目黒区を含む35区は東京都直轄の区となった。
昭和42年(1967年3月1日)、住居表示が実施され、目黒区下目黒一~四丁目(旧目黒村下目黒(1932年))が目黒1~4丁目、下目黒1~6丁目、中町1丁目、三田2丁目となった。
大東京35区物語~15区から23区へ~東京23区の歴史
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/0714tokyo_ku.htm
東京都公文書館
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/index.htm
それまでは、武蔵国荏原郡三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村、碑文谷村、衾村の6村があり、荏原郡の区域は、現在の品川区、大田区、目黒区のほぼ全域と世田谷区の一部に相当する。
明治2年から4年(1869-1871年)までは、荏原郡は品川県に属していた(三田村のみ東京府に所属)。
明治4年7月(1871年8月)、廃藩置県が実施され、同年11月(1872年1月)、東京府、品川県、小菅県が廃止されて、新東京府が設置さた。荏原郡の区域は東京府に属することとなり、府内は6大区・97小区に分けられた(大区小区制)。
明治7年(1874年)3月、区割りが見直され、改めて11大区・103小区が設置された。後に目黒区となる区域は、このうちの第7大区第1、5、6小区に属していた。
明治11年(1878年)11月2日、郡区町村編制法の施行に伴い大区小区制が廃止され、東京府下に15区6郡(荏原、南豊島、北豊島、東多摩、南足立、南葛飾)が置かれた。後に目黒区となる区域は荏原郡に属していた。
明治22年(1889年)、市制・町村制が施行され、東京市(15区)が成立し、府下の6郡は、既存の町村が整理統合されて85町村となった。このうち荏原郡に属していたのは1町(品川町)18村で、現在の目黒区の区域に該当するのは目黒村と碑衾村であった。
明治22年、目黒村は三田村、上目黒村、中目黒村、下目黒村が合併して成立した。
明治22年、碑衾村(ひぶすまむら)が碑文谷村と衾村が合併して成立した。
明治29年(1896年)、南豊島郡と東多摩郡が合併して豊多摩郡となる。
大正11年(1922年)に町制が施行され目黒村が目黒町となる。
昭和2年(1927年)に町制が施行され碑衾村が碑衾町(ひぶすままち)となる。
昭和7年(1932年)10月1日、東京市は周辺の5郡(荏原郡、豊多摩郡、北豊島郡、南足立郡、南葛飾郡)を編入し、大東京市が成立した。
編入された82町村は20区に編成され、東京市は既存の15区(麹町、神田、日本橋、京橋、芝、麻布、赤坂、四谷、牛込、小石川、本郷、下谷、浅草、本所、深川、現在の千代田区、中央区、港区、新宿区(一部)、文京区、台東区、墨田区(一部)、江東区(一部))と合わせ、35区から構成された。
昭和7年(1932年)、目黒町と碑衾町の区域をもって目黒区が新設された。【冒頭の通り】
昭和22年(1947年)3月15日、35区は22区に整理統合され、同年8月1日、板橋区から練馬区が分離して23区となった。(昭和22年3月10日、東京都告諭第1号)。
同年、公布制定された地方自治法によって各区が特別地方公共団体(特別区)になった。
昭和18年(1943年)7月1日、東京府と東京市が廃止され、新たに東京都が設置された。この時、目黒区を含む35区は東京都直轄の区となった。
昭和42年(1967年3月1日)、住居表示が実施され、目黒区下目黒一~四丁目(旧目黒村下目黒(1932年))が目黒1~4丁目、下目黒1~6丁目、中町1丁目、三田2丁目となった。
大東京35区物語~15区から23区へ~東京23区の歴史
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/0714tokyo_ku.htm
東京都公文書館
http://www.soumu.metro.tokyo.jp/01soumu/archives/index.htm
Tuesday, 24 April 2012
目黒区の外国公館
下目黒をウオッチしていたら大使館が多いのに気がついた。何度も通ったことがある駐日ウズベキスタン大使館は下目黒五丁目だし、同じ中央アジアの小国、駐日キルギスタン大使館も同じく下目黒5丁目、資源大国である駐日カザフスタン大使館は碑文谷5丁目といった具合だ。
2011年9月現在、目黒区内の外国公館は大使館をはじめとして17カ国の公館が所在する(外務省)。下目黒に限ると6カ国の外国公館があり、アジア、アフリカ諸国が多い。
大使館
1.バングラデシュ(目黒4丁目)
2.ウズベキスタン共和国(下目黒5丁目)
3.キルギス共和国(下目黒5丁目)
4.ポーランド共和国(三田2丁目)
5.アルジェリア民主人民共和国(三田2丁目)
6.エジプト・アラブ共和国(青葉台1丁目)
7.ケニア共和国(八雲3丁目)
8.ジブチ共和国(下目黒5丁目)
9.スーダン(八雲4丁目)
10.アゼルバイジャン(東が丘1丁目)
11.ガボン共和国(東が丘1丁目)
12.セネガル共和国(青葉台1丁目)
13.ネパール王国(下目黒6丁目)
14.カザフスタン共和国(碑文谷5丁目)2011年11月に麻布台へ移転
15.パプアニューギニア(下目黒5丁目)
16.タイ王国大使館武官事務所(下目黒6丁目)
大使館以外の施設
17.アイスランド共和国名誉総領事館(中目黒)
最近まで目黒区内に所在し、移転した外国公館は下記の通り、3カ国ある。
1)ウガンダ共和国(碑文谷)
2)ナイジェリア連邦共和国(下目黒)
3)キューバ共和国(下目黒)
私が関係した国で記憶を辿ると、1985年、ハンガリー大使館が旧山手通り沿いの青葉台にあった。同時期にポーランド大使館へもビザ申請に行ったので現在の場所と同じということになる。
1991年のソ連邦崩壊で独立した中央アジア・コーカサス諸国のうち、4カ国が目黒区内に公館を置いている。
2011年9月現在、目黒区内の外国公館は大使館をはじめとして17カ国の公館が所在する(外務省)。下目黒に限ると6カ国の外国公館があり、アジア、アフリカ諸国が多い。
大使館
1.バングラデシュ(目黒4丁目)
2.ウズベキスタン共和国(下目黒5丁目)
3.キルギス共和国(下目黒5丁目)
4.ポーランド共和国(三田2丁目)
5.アルジェリア民主人民共和国(三田2丁目)
6.エジプト・アラブ共和国(青葉台1丁目)
7.ケニア共和国(八雲3丁目)
8.ジブチ共和国(下目黒5丁目)
9.スーダン(八雲4丁目)
10.アゼルバイジャン(東が丘1丁目)
11.ガボン共和国(東が丘1丁目)
12.セネガル共和国(青葉台1丁目)
13.ネパール王国(下目黒6丁目)
14.カザフスタン共和国(碑文谷5丁目)2011年11月に麻布台へ移転
15.パプアニューギニア(下目黒5丁目)
16.タイ王国大使館武官事務所(下目黒6丁目)
大使館以外の施設
17.アイスランド共和国名誉総領事館(中目黒)
最近まで目黒区内に所在し、移転した外国公館は下記の通り、3カ国ある。
1)ウガンダ共和国(碑文谷)
2)ナイジェリア連邦共和国(下目黒)
3)キューバ共和国(下目黒)
私が関係した国で記憶を辿ると、1985年、ハンガリー大使館が旧山手通り沿いの青葉台にあった。同時期にポーランド大使館へもビザ申請に行ったので現在の場所と同じということになる。
1991年のソ連邦崩壊で独立した中央アジア・コーカサス諸国のうち、4カ国が目黒区内に公館を置いている。
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