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Monday, 18 March 2024

広尾のカフェ・デ・プレでネット検索した記憶

ふとしたきっかけで「旅行人ノート、シルクロード 中央ユーラシアの国々」、2006年11月刊を見直している。https://amzn.asia/d/gfXY2vG



2009年に中央アジアで仕事をすることになり、日本語ガイドブックを探した時に候補に上ったのがこの本、タイトルの通り西安からイスタンブルへのシルクロード経路をカバーしている。これがなかなか、日本語でこのレベルの情報に驚き、というかなぜ存在しなかったのかと考えていた。Lonely PlanetやBradtもかなり詳しくこれら3冊を購入した。


1996年1月にウズベキスタンへ出張した時は、
ほとんど情報がなく最初は苦労した。インターネットの商用化が1993年からIIJにより開始されたものの庶民の手には届いておらず、また、会社でもインターネットに接続されていなかった。1995年11月23日にWindows95日本語版が発売され、これを機に、ネットカフェという言葉が視野に入ったのもその頃だろう、どのように探したのか記憶にないが、カフェの前を通ったのかもしれない、馴染みがあった広尾のカフェ・デ・プレ(ひらまつ経営)がコーヒーを注文するとネット検索を利用できるという情報を得て、日比谷線で近いので幸い、会社を抜け出して何度かカフェ・デ・プレに通った。

データはフロッピーディスクに保存して持ち帰った。1995年年末か1996年年初、出発までの間だった。当時はNetscape NavigatorというMOSAICの流れをくむブラウザーで当時はほとんどがこのブラウザだった。

カフェ・デ・プレ、2016年に閉店した、その直後に復活したが、コロナ禍でかどうか、今はその場所にない。https://tokyo-calendar.jp/article/9795





以上


Saturday, 25 March 2017

中央アジア本

中央アジア本
Dictator without Borders

Saturday, 26 December 2015

座談会:中央アジア発展の国際的条件と日本

座談会:外交34-中央アジア発展の国際的条件と日本
ウズベキスタンは集団的安全保障機構から一時的に脱退しているが、ロシアと二国間合意がある。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/gaikou/vol34.html

Tuesday, 28 July 2015

文化観光フォーラム「新シルクロード・ディスカバリー」と東洋大学

文化観光フォーラム「新シルクロード・ディスカバリー」日本-中央アジア-ヨーロッパ、中央アジア+観光に釣られて出席、会場の東洋大学井上円了ホールには初めて行きましたが立派な施設です。

フォーラムは、東洋大学学長、観光庁、日本政府観光局、トゥルスノフ駐日ウズベキスタン大使が挨拶、開会の辞は松浦晃一郎財団評議員、ホールはかなり席が 埋まっているが当然ながらここの学生が目立つ、1回目の休憩後激減、授業の一環であったようで出席票を出すことが目的であったようです。

しかし、東洋大学は観光分野にも力を入れている印象、文科省のスーパーグローバルSG認定を得たこともあるのでしょう。

インバウンドとアウトバウンドに分けた12人によるプレゼン、これをオムニバス方式と言っている、かなり駆け足だったが観光のテーマならば欲を言えばもう少し経済的な内容も欲しかったし、質疑応答が無かったのも残念。

どうでもいいことだが、TBSアナウンサーとスプートニクの人が司会、主催は日本ウズベキスタン・シルクロード財団、マンスール代表理事はタシケント東洋学大学日本学科の1期生。

東洋大学理事長が最後に挨拶したが、元通産官僚、90年代からだが大学運営の方針に人財を据えていることが明確、官僚OB、赤門出身者を積極的に採用している。フォーラムの内容より周辺環境へ目が行ってしまった。

Thursday, 29 March 2012

「進む中央アジアとの出会い」米田 博著-主要各国の文化交流事業他

昨日、一冊の本が届いた。

タイトルは「進む中央アジアとの出会い-文化交流と国際協力と」、ウズベキスタンでお世話になった元日本センター所長の米田博さん、現在は福山市立大教授、が書かれた主要国の文化交流事業の考察と我が国を含む中央アジア諸国における国際協力について等、ウズベキスタンの社会的背景や苦労話を含めて貴重な著作である。

進む中央アジアとの出会い、米田 博著
http://ameblo.jp/keisui-staff/entry-11199065847.html

Thursday, 4 August 2011

ウィキペディアの記事「タシケント日本人墓地」に挑戦するも敢え無く撃沈

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』というのが存在することはご存知の通り、若干の貢献でもと思いある記事(項目)「タシケント日本人墓地」を新規作成したが、敢え無く撃沈。

その項目をウィキで検索したところ該当せず、「このウィキでページ「XXXXXXX」を新規作成する」というページが表示されたので、クリック、編集画面が表示されここに文章をwiki文法に従って編集し保存するだけなので手続きは簡単なのだ。

そして、wiki文法に則りながら、思考錯誤ではあったが文章をまとめ終わり、プレヴューで確認、そして保存した。

一息次いでその項目を確認したら、消えているではないか。その代わりに以下のメッセージが表示されていた。

「現在、削除の方針に従って、この項目の一部の版または全体を削除することが審議されています。」

「この項目は著作権侵害が指摘され、現在審議中です。」

Wikipedia:削除依頼を確認すると以下の通り。

初版より[1]からの転載含む。要全削除。--Los688 2011年8月2日 (火) 13:24 (UTC)

(削除)依頼者票。--Los688 2011年8月2日 (火) 13:24 (UTC)
削除 転載部分を確認。--Kiku-zou 2011年8月2日 (火) 13:43 (UTC)

となり、19分で削除されてしまった。

これは、あるユーザーが削除依頼を行い(審査の過程なのだろうか)、管理者権限のあるユーザーにより削除したことがログからわかるが、手の施しようがない。

要は私のHPの一文をある項目に使用したのだが引用が明記されていなかったということだろう。

時間をかけた割には、こんな成果しか得られなかったのは残念だし、もう一度挑戦してみようとは思えなくなってしまった。意気消沈。
▼現在、「タシケント日本人墓地」を作成しようとすると「警告:以前に削除されたページを再作成しようとしています。」と表示される。