Monday, 29 December 2025

1988年、ダマスカスにて、追憶

 1998年はダマスカスで都市交通マスタープラン策定調査に従事していた。

YECとKEIのJVで受注しYECの小寺会長が調査団長だった。実質的には上司だった川村哲夫が取り仕切っていた。そして私が一番年が若く、川村の指示の下、庶務的なことをやっていた。その川村哲夫は、12月に横移動でダマスカスからパリーサンパウロを経由してアスンシオンへ移動、そして現地で体調の異変が起こる。年末、ダマスカスから会社に電話したらいたので驚いたが、年明け早々もアスンシオンのプログレスレポートを作成していた。昼食に誘って蕎麦屋へ行ったのが川村との最後の食事になっただ。既に、診察を強く薦めるも行かず、小寺会長から強く要請してもらい1月中旬に会社のすぐ近くの共済病院へ入院した。私は3月に入りブカレストへ出張し、到着したその日、3月3日だったと思うが、元上司の吉田(ブカレスト業務の総括)が空港まで迎えに来ていた、気になっていたのだろう、車の中で状況を説明した。ホテルまで送ってもらい夕飯を約束して別れた。後で、その直後に連絡が入ったと告げられた。肝がんで急逝、51歳だった。鎮魂!

写真は川村が亡くなる前年の1998年、ダマスカスでのシーン。










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