先日、2019年10月5日(土)になるが、ウムカイスの帰途、サルトに立ち寄った。
アンマンから30kmなので行きやすいが初めての滞在だった。サルトは、オスマン朝時代地方行政の拠点が置かれヨルダン川西岸との交易で栄えていた商業都市、引き続いて、1921年、英国委任統治領トランス・ジョルダンの首都となった。しかし、その後、首長であったハシミテ家のアブドゥラ1世はアンマンへ首都を移し、パレスチナ分割問題により商業は衰退。サルトは置き去られてしまったが、オスマン朝時代の歴史的な建造物が残っている。
前置きが長くなったが、日本は観光関連施設の整備に円借款を供与、JO-P11「観光セクター開発事業(L/A 1999年12月2日、借款契約額71.99億円)」、その一部がサルトの街並み整備に使われた。ロンリープラネットはそのことをしっかりと記載していたので紹介しておく。
https://www.jica.go.jp/oda/project/JO-P11/index.html
Lonely Planet Jordanの説明箇所
ロンリー
Umm Qaisからアンマンへの帰途ルート近いところにサルトはあった。サルトは丁度ヨルダン渓谷を見下ろす高台の端に位置する。街はアンマンより急峻な地形で、谷も深く、歴史を感じる街並みだ。アンマンからバスで直ぐに行ける距離なのだが、なかなか再訪できず、となってしまった。
サルトの外郭道路からヨルダン渓谷を俯瞰する。谷底がヨルダン川でそこがイスラエルとの国境となっている。
サルトの典型的な建築と建築材(黄色い砂岩)
散策は非常に楽しい、アンマンに住んでいながらサルトも最後の最後だけ、週末ここで過ごすアイディアはなかったのか?と思える古都だ。
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